コーヒーを無理矢理☕
今年6月、
奈良県内の高齢者施設で、
入所している70代の女性に
無理やりコーヒーを飲ませて拒まれ、
枕などで側頭部を殴ったとして、
介護職員の42歳の女が逮捕。
容疑者は
6月28日午後6時ごろ、
勤務先の高齢者施設に
入所している女性(70代)を
押さえつけ、
紙コップに入ったコーヒーを
無理やり飲ませ、
女性が拒んでベッドに移動すると、
女性の側頭部を枕で殴打したほか、
ベッドから引きずり下ろして
タオルでも殴った疑いがもたれている。
女性にけがはなかったということ。
警察によると、
翌日に別の職員から、
容疑者が
日常的に虐待行為を行っていると
相談があり、
その後、
女性から被害の訴えを聞いた
別の職員からも相談を受け、
事件が発覚した。
取り調べに対し、
容疑者は
「被害者に暴力など振るっていません。
コーヒーを無理やり飲ませたのは
事実です。
でも、ベッドから
無理やり引きずり下す暴力などは
振るっていません」と
容疑を一部否認しているということ。
警察は
動機など事件の経緯を
詳しく調べている。
暴力は振るっていないが
コーヒーは無理矢理飲ませたと
記事には書いてあるが
コーヒーを無理矢理飲ませた事自体
暴力の一種だと思うのは
私だけだろうか?
最近思うのは
職員が
自身の行動に対して
整合性のとれない説明が
多く見受けられる。
利用者の為にと言葉では伝えるが
実際の行動は抑制的に働かせ、
利用者を不快にさせる。
自身の行動を
俯瞰的に見ることが出来ない為
矛盾した発言をしていることに
気付けない。
また
人から指摘されても
受け止める器量も無いため
自身の思考や経験が
正解と言わんばかりの
どうしても主張をしてしまう。
それこそが
様々な問題の解決へ
遠ざける要因なのに
やっぱり気付けない。
事実への原因も
常に
自身の都合良い解釈へ置き換わるため
伝えれば伝えるほど
周りからの信頼性は
より失われる。
無理矢理飲ませた=暴力という
認識出来ない思考力なら
人とのコミュニケーションは図れず
このような虐待という犯罪を
起こすのは必然だろう。
問題が起きた時こそ
その原因を起こした行動を
自責かつ客観的な説明が出来るよう
疑問を湧かせない
一致した状態にしましょう。